無自覚にメンタルがすり減ってる焦凍と無自覚に庇護欲マシマシのかっちゃんによる無自覚両片思い話。
謗られることには慣れていた。
けれど――時折そこに紛れ込む哀憐の言葉は、足元に堆く積み上がっていくような気がした。
情の鎖
「同情ってさぁ、重いんだよね」
無作法に開いた扉の先に居た先客に、爆豪は小さく舌を打った。
「百パーセントの善意に評価の底上げ、大っぴらに拒否することも難しい。――かわいそう、なんて五文字が少しずつ積み上がって身動きが取れなくなるんだよ。その原因が自分自身にない場合は特にね」
「何が言いてぇ」
「君なら少しはわかるんじゃないかと思ってさ」
見透かしたようなその言葉に、爆豪はもう一度舌を打つ。今度は相手の耳に届くように、盛大に。
復興作業の帰り際、緩やかに傾いだ轟を受け止めたのは、たまたま隣を歩いていた爆豪だった。周りにいたのはクラスメイトが大半で、大きな騒ぎにならなかったのが幸いだった。速やかにバスに乗せ寮の部屋へと運び込み、リカバリーガールに診て貰った。必要かあれば病院へ――と誰もが考えてはいたが、そこまで深刻な問題ではなかった。少なくとも肉体面では。
倒れた原因に心当たりがないわけではない。しかし本人も気づかぬうちに、積もった何かがあったのだろうと爆豪は思う。
先の戦いで活躍したヒーローに向けられる感情は、鼓舞や激励、感謝、憧憬――大きさの差異はあれど、概ね同じようなものだった。それでも、エンデヴァーの息子と言う肩書を背負った轟にしか向けられない言葉もある。
――かわいそうにね。
細い道路を挟んだ向こう側。雑踏にかき消されてしまいそうなほど小さなその声は、爆豪の耳にも届いた。
荼毘の告発、エンデヴァーの罪。その大半はエンデヴァー本人が背負い、受け止めているのだろう。轟に降りかかる火の粉はそう多くはない。しかしその代償かのように、同情の声だけは止むことなく轟焦凍へ降り注いでいた。
手にしていた荷物を置いて、爆豪はどかりと腰を下ろした。視界の隅に見える轟の寝顔は穏やかで、魘されている様子はない。布団をはさんで向かいに座るホークスがもぞもぞと表情を緩めているのに気がついて、爆豪はまた舌打ちをする。
「つぅか、ンでてめェがここに来とんだ」
「ただの連絡係。容態聞いたらすぐに帰るよ」
ホークスはスマホを持った手をひらひらと動かしながら、連絡するかしないかも俺が判断するんだけどねと付け加える。保護者への――より正確に言うのであればエンデヴァーへの――連絡は、確かにこの男に任せても良いのだろうが――。
この部屋まで来る必要はないだろうという文句を口にしかけて、爆豪はその言葉を飲み込んだ。これはそのまま自分にも返ってくるからだ。
「……心労と寝不足。ひと晩寝かせりゃ落ち着くってよ」
ひと晩寝かせておけばいい。つまり、べったりと付き添っている必要などないのだ。
「大したことなさそうで良かったよ」
ばつが悪そうに目をそらす爆豪を眺めながら、ホークスはどこか楽しそうに言った。
轟が目を覚ましたのは、来客が帰ってしばらくした頃だった。
日はとうに沈んでいたが、就寝時間には少し早い。一度部屋に戻ろうか、と考え始めた矢先だ。
「……ばくごう?」
寝起き特有の、ぼんやりと掠れた声が耳に届く。ゆっくりと身を起こそうとしているのを手のひらで制して、持ち込んでいた荷物の中から未開封のボトルを放りやった。
「……具合は」
「なんともねぇ」
「なんともねぇ奴はいきなり倒れたりしねンだわ」
「おぉ……」
それもそうか、とぽやぽやと呟く轟に、爆豪は小さく息をつく。
「――なんかあんなら言えや。今すぐじゃなくても、……俺じゃなくても」
A組の人間なら、いつでも、誰でも、話を聞いてくれるだろう。どれほど腹立たしくても、相談事に於いて轟の中での自分への優先度は高くはない。爆豪は漠然とそう思っていた。
轟は目を瞬かせ、未だ開封されないままのボトルを握り締める。
「なあ、爆豪。俺はかわいそうな子どもなのか?」
小さく引き結ばれた口が開くまで、そう時間はかからなかった。
――同情は、重い。
その重さを爆豪は理解していたし、恐らくはホークスもそうだったのだろう。爆豪が抱えたそれは自身の思い込みと身から出た錆のようなものがほとんどだったが、それですら重かったのだ。
本人の預かり知らぬところで蓄積されるそれがどれほどのものなのかは、本人にしかわからないものだろう。
それでも、だからこそ。
「てめェはどう思っとる」
「わかんねぇ、けど……違うと思う」
「だったらソレが答えだろーが。俺もてめェに同情なんかしたことねぇ」
その荷を軽くする方法を、多少なりとも知っている。
爆豪の言葉を噛みしめるような間を置いて、轟は僅かに顔をほころばせた。
小さく響いた礼の声は晴れやかに、瞬く星空と共に強く、その脳裏に焼き付いたのだ。
(無自覚両片思い、爆豪自覚編)
a /
a /
a