部屋と煙草とマシナリー

コロンビーナの要望でマシナリー製ちんちんを作ってるドットーレとサンドローネを見かけたパンタローネ。(Pixivから再掲)
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 スネージナヤにしては珍しく、天気のいい昼下がりだった。月末の経費精算に追われていたパンタローネは、気分転換の散歩――と、喫煙のために、中庭に向かっているところだった。
 長い廊下の道中には、当然たくさんの部屋がある。会議室、資料室、休憩所に加え、最近はドットーレが簡易的な研究と実験のためと称して、新たな部屋を占有した。
(……おや?)
 そのドットーレの部屋の扉が開いている。入口に静かに佇んでいるのはコロンビーナだ。
 これがドットーレの部屋でなければ、気にもとめなかっただろう。しかし、そこは紛れもなくドットーレが使用している部屋だ。
「何かあったんですか?」
 明け放たれているのなら良いだろうと、部屋の中を覗き込みながら、パンタローネはコロンビーナに問いかける。部屋の中では、ドットーレとサンドローネが何かを囲んで問答を繰り広げていた。随分と珍しい組み合わせだ。
 問いかけから少しの間を置いて、コロンビーナはいつもと変わらず静かに口を開いて、言った。
「サンドローネに、動くおち……ペニスを作ってって頼んだの」
「ペニス……ですか……」
 言いかけて改めた部分は、きっとどちらかに窘められたのだろう。抑揚なく、大人しい声色で話す彼女は、言葉選びが時折幼い。
「そう。そうしたら、生殖については詳しくないって言うから、博士にも頼んだの」
 なるほど確かに、コロンビーナからの頼み事であればあの二人もそうやすやすとは断らない。二人とも、彼女に対しては甘いのだ。
「それで、あなたはどうしてここで突っ立って見ているんですか?」
「危ないから入るなって。でも、けんかしないか心配だから見てる」
「そうですか」
 理知的な二人のけんかなど、ただの議論の延長だ。二人が本当に口論をはじめても、きっと彼女は見ているだけのつもりだろう。
 パンタローネは口を閉ざし、コロンビーナの隣に並んで、室内の様子を伺った。
 二人の囲んだ机の上にはいくつかの書類が広げられ、その片隅に、遠目に見てもわかるほど大きめのディルドが一本そそり立っている。よく見るマシナリーパーツで出来ているようで、所々に金属の配線も見えた。どうやら本当に動くらしい。
 二人の問答も、まだ揉めると言うには程遠い。
「これじゃそれより小さいじゃない」
「だが平均以上はある」
 書面とそそり立つマシナリーを交互に見ながら、二人は議論を白熱させている。その書類がなんなのか、察するなというほうが無理な話だ。この部屋の主な用途は、パンタローネの健診なのだから。
「ドットーレ」
 パンタローネは部屋に一歩踏み出して、その主の名を呼んだ。室内禁煙と書かれた張り紙の前で、躊躇なくタバコに火をつける。
 声と煙でようやくこちらに気がついたのか、ドットーレが面を上げた。
「ここは禁煙だと言ったはずだが?」
「もちろん覚えていますとも。あなたの方こそ、患者のカルテを第三者に勝手に見せるのは違反なのではないですか?」
「カルテなどではない。これはお前がふざけてよこした拓だ」
 言われて、パンタローネは思い出した。酒の席で聞いた「チン拓」を、酔った勢いで渡したことがある。それも、何度も。
「捨てているものだとと思っていましたが……」
「勃起の前後を合わせてよこしてくるからな。正確ではないが、膨張率を測るのにちょうどいい」
 ずらりと並べられた拓には、すべて見覚えのある署名がされていた。一部記憶にないものもあるが、どれだけよれていても自分が書いたものだというのは確認できる。それぞれに別の筆跡で――これは間違いなくドットーレの文字だ――几帳面に日付が書き込まれているのはなかなかに滑稽だった。
 最後の日付は半年前だ。ドットーレがこの部屋を占有し、パンタローネに減酒を命じた時期と一致する。
「最近は調子が良さそうだな」
「またとりましょうか」
「いや、いい」
 パンタローネの手からタバコを奪い取って、ドットーレはサンドローネに向き直った。こちらの話はどうやらここで終わりらしい。火のついた毒の塊は、蒸留水をかけられたのちに廃棄されてしまった。
「つまりこれは、パンタローネのサイズってことね?」
「日によって多少の変動はあるが、それは最も平均的なものだな」
 それは一体いつのだろうか。気にはなったが、口には出さなかった。
 自分の生殖器を模ったものを前に、同僚たちが真面目な顔をして話している。パンタローネはなんともむず痒い気持ちになりながら、二人の様子を見守っていた。
 サンドローネは机上にそそり立つマシナリーを手に取り、握りながら紙面と見比べる。
「それならやっぱり、もう少し小型のパーツに組み替えたほうが良さそうね。……それから、平面だと分かり難いけれど、真円じゃないほうが良いのかしら」
「実物に則するのであれば、歪な方が良いだろうが……細部に関しては個体差がある」
「模倣しすぎても面白くないわね」
 ましてやパンタローネのモノなんて、というサンドローネのつぶやきは、あえて聞き流すことにした。この場で見せろと言われても流石に困る。
「いっそ二回りほど小さい円柱形をベースにしてみてもいいわね」
「しかし、コロンビーナが気になっているのは男性生殖器ではなかったか」
 常日頃から仲がいいとは言えない二人が真面目な顔をして話している内容が生殖器――もっと踏み込んだ言い方をしてしまえば性具のことだなどと、誰が想像できるだろうか。
 ドットーレとサンドローネには、自分たちが今作ろうとしているものが性具であるなどという自覚がおそらくないのだ。
 じわじわとこみ上げてくる笑いを噛み殺しているパンタローネの横に、ふわふわとした足取りでコロンビーナが並ぶ。部外者であるパンタローネが来たことにより、そこまでなら入っていいと判断したのだろう。
 依頼主本人がその場に居るのだから、要望については直接聞いてしまった方が早い。
「そもそもなぜこんなものを作らせようと思ったのですか? 実物に興味がおありでしたら、安全なものを派遣しますよ」
「実物はどうでもいいの。サンドローネに使ってみたいだけ」
「……だ、そうですよ?」
 忌憚ない依頼者の意見に、研究者の二人は揃って手を止めた。
 サンドローネは目を丸くして、コロンビーナの方を見つめている。その手のひらからこぼれ落ちたものが、重厚な音を立てて再び机におっ立った。重心はわりとしっかり設計されていたらしい。
「用途が定まっているのなら、それに合わせて簡略化したほうが効率的か」
「だからワタシに生殖器はついていないって言っているでしょう!」
 二人の反応は対極だった。気にせず話を進めようとするドットーレと、顔を真赤にしながらコロンビーナに噛みつくサンドローネ。
 追い打ちをかけるように、ドットーレが言った。
「作ればいいだろう。最低限必要な機能と構造なら、今すぐにでも書き起こしてやる」
「結構よ!」
 間髪入れずに怒鳴り返し、サンドローネは拳で机を殴打した。その下にあるのはパンタローネのチン拓だ。実際に殴られたわけでもないのに、一瞬股間がすくみあがった。
 衝撃に揺れたマシナリーは、それでも倒れることなく立っている。
「帰るわよ! コロンビーナ!」
 勢いのままそう言って、サンドローネはコロンビーナの腕を掴んだ。机上に残されたマシナリーは、余韻でゆらゆらと揺れている。
「おい、これはどうする」
「今日のお礼に差し上げるわ。分解するなり改造するなり、好きに使ってちょうだい」
 どうせクズパーツの寄せ集めだもの! と言い捨てて、コロンビーナを引きずりながら、サンドローネは部屋を出て行った。
 勢いよく閉じられた扉は大きな音を立て、蝶番のねじが一つ、床に静かに転がり落ちた。

 先程までとは打って変わって静寂に包まれた室内で、パンタローネは置き去りにされたマシナリーを手に取った。ドットーレは、ここに至ってようやく自分が作ろうとしていたものが何だったのかに気づいたようだった。
 直径は、たしかに自分のものより少しばかり太いかもしれない。長さの面では大差はないが、クズパーツと言われていただけあって、表面はでこぼこしていてだいぶいびつだ。鋭利な角はやすられているとはいえ、おおよそ素人向けとは言いづらい。
 しかし。
「……あなたなら入りそうですね、これ」
「他人が作ったものを私に使うのか? お前が?」
 パンタローネ自身は、己の独占欲がどれほど強いのかを自覚しているつもりだ。ドットーレとて、それを知らないわけではないだろう。
 そもそもの話パンタローネにとって、今回の出来事ははじめから良い気はしていなかったのだ。
 ほとんど自分のために用意されたこの部屋に、軽率に他者を招き入れていたのだから。
「そうするとどうなるか、少しは気になりませんか?」
「さて、どうだろうな?」
 パンタローネの静かな怒りに気がついて、ドットーレは観念したように両手を上げた。


2026-09-19 01:45:14
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