Gimmick Game

ハイパー構ってちゃん
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 博士の私室は、グルポフの中でも奥まった場所にひっそりと存在していた。居住に適さないエリアを丸ごと使って、私的な設備を揃えているのだ。
 霜の降りた石畳は、この場所を訪れるものが少ないことを如実に表していた。おそらくは、持ち主ですらしばらく戻っていなかったのだろう。真新しい足跡が、明かりの漏れた扉へと続いている。
 富者は紫煙を吐きながら、自分のものより僅かに細く小さいその跡を踏みつけた。今日一日、彼を探してスネージナヤじゅうを歩き回っていたのだ、このくらいの腹いせは許されてもいいはずだ。
 ゆっくりと、靴を鳴らしながら歩を進める。青白く冷たい光のこぼれた入り口は、可動部以外の金属が錆びたまま放置されていた。傷んだ装飾で煙草を押し消して、富者はそのまま扉を開いた。
「ドットーレ、調べていただきたいものがあるんですが」
 部屋の主は、机に向かって手元の書類を読み込んでいるところだった。机上にところ狭しと並べられた機械は稼働中のようで、小さな駆動音が響いている。
 室温は、廊下と大して変わらない。暖房はつけたばかりなのだろう。
「閉めろ」
 礼を欠いた来訪者に、博士は短くそう告げた。視線は書面に向いたままだ。
 富者は静かに戸を閉めて、内鍵の閂を滑らせる。冷えた扉に背を預け、相手の次の言葉を待った。無断で立ち入って、許容されるのはここまでだ。
「いつもと違う臭いがするな。銘柄を変えたか?」
「ええ。先日クライアントから、珍しい葉をいただきまして」
 消したばかりの吸い殻を眼前に掲げると、博士は小さく舌を打ち、面を上げた。
 読みかけの書類を脇に避け、戸口に立つ富者を指先ひとつで小さく手招く。
「その『頂き物』に何度薬を盛られたか、覚えていないわけでもないだろう?」
「ですからこうして、あなたにお見せしに来たではないですか」
「吸う前に見せろと言っている」
 近場の棚から器具と薬剤を取り出しながら、博士は苛立たしげにそう言った。慣れた手つきでそれらを並べ、広げた薬包紙の端を、ゴム手袋に包まれた指先で二度叩く。
「そこに置け」
 言われた通りに燃えさしを置けば、細い指先はもう一度、急かすように机を打った。
「吸いさしそれだけで足りるとでも?」
 持っているものを全部出せ、と促され、富者は懐からシガレットケースを取り出した。蓋を開けて逆さに振ると、きれいに巻かれた煙草が三本、こぼれ葉と共に薬包紙の上を転がり落ちた。
「これで全部か?」
「巻いてあるのはこれだけです」
 出すものは出したと言わんばかりに、富者はその場で両手を挙げる。降参の意を示したのだ。この上官は、この仕草一つで大抵のことを容認してくれる。――無断で部屋に立ち入ったことも、建物内での喫煙も、主治医の許可なく毒物を口にしたであろうことについても、だ。
「吸ってきたのは一本だけか?」
「ええ。部屋に入る直前まで」
「見たところ異常は無さそうだが……、自覚症状は?」
「(今﹅)(の﹅)(と﹅)(こ﹅)(ろ﹅)は」
 軽い問診を行いながら、博士は提出された煙草へと手を伸ばした。まずは吸い殻の巻紙を裂き、中の葉をいくつかの試験管へと放り込む。
 未使用の煙草も一本、同じように縦に割り裂いて、中身を別の試験管へと入れた。
 紙と糊は、普段富者が使っているものと変わりはないようだ。巻き終わりに押された小さな箔にも、変質は認められない。
――しかし。
 溶媒の反応を待ちながら、博士は破いた巻紙の内側をピンセットでさらった。粒の小さな結晶が張り付き、光を反射してきらきらと輝いている。明らかな(異﹅)(物﹅)だ。
 結晶の形に覚えがあった。用途も効能も、加熱後の変化も覚えている。
 それに加えて、目の前にいる男の態度だ。
「パンタローネ」
 博士は小さく息を吐き、笑顔を張り付けたままの富者へ目を向けた。
「言い逃れの用意はしているな?」
「もちろん」
「私の予定も筒抜けか」
「まぁ、そうですね」
 今度は博士が降参する番だった。諦めともつかぬため息をついて、博士はゆっくりと立ち上がる。
 富者が自分に盛ったであろうその薬は、数十年も前に「博士」が目の前の被験体に無許可で投与した、些か質たちの悪い興奮剤の一種だ。別の実験の副産物を、興味本位で飲ませたのだ。担当は「45」だった。薬効を抑える薬が、まだどこかにあるだろう。
「こんなもの、後生大事にとっておいたのか?」
「たまたまですよ。古い書類の隙間に挟まっていたんです」
 経年劣化や保存状態による変質については、と言いかけて、そこまで浅慮な男ではなかったことを思い出す。
 わざわざここまで訪ねてきたことも、殊勝に見える態度も、含みのある言葉も、全て富者の計算のうちなのだろう。
 黙して、薄らと埃の被った戸棚を漁り始めた博士の姿を眺めながら、富者は悠然と口を開く。
「そもそも、先に仕掛けたのはあなたの方ではないですか」
「もう少し堪え性があるかと思っていたが、見込み違いだったか」
「あなたに関することだけですよ」


2026-09-27 23:17:53
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