セ部屋(未完)

セックスしないと出られない部屋(箱)
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 その日、悟は海外遠征から帰国したところだった。入国審査を終え、これから預けた荷物を受け取り税関を通って、高専からの迎えを待つ。それでこの日の予定は終わりのはずだったのだ。
 インフォメーションに表示されていたレーンの前に立ち、動き始めたベルトコンベアをぼんやりと目で追いかける。自然と上がった視線の片隅に、今しがた通過した審査ゲートが見えた。次の便が到着したのか溢れるほどの人がいて、その大半は褐色肌のアジア人だ。その人波に紛れるように歩く姿を、悟は見つけてしまった。
 特段目立つ風体をしているわけではない。背は高く筋肉量もそこそこあるが、異国の人間も多いこの場所では大した特徴にはならない。色の濃い緩めのデニムに黒の七分袖という至ってシンプルなその服装も、周りに溶け込めている要因の一つだろう。目立つところを強いて挙げるとするならば、二の腕辺りで結ばれた左側の袖と口元の傷跡くらいだ。
(生きてたのか)
 見間違いようがない。この手で殺したはずの、教え子の父親だ。
 悟はその遺体を回収してはいないし、弔ってもいない。恵を手元に置くために色々と手を回している間も、彼が生きているという話を耳にしたことは一度たりともなかった。戸籍の上でも死んだ事として処理されている。そもそも、左の腹から腕までをえぐり取られて、生きているはずがないのだ。
 けれど、悟の視界に入った男は、紛うことなく伏黒甚爾本人だった。


 孔から貰った――餞別だと、珍しく対価を要求されなかった――偽造パスポートは、甚爾が素性を隠しながら各国を渡り歩くのに、非常にいい仕事をしてくれた。渡航のために多少なりとも金と手間がかかりはするものの、身軽な生活は気分を変えるのにちょうど良い。何ひとつとして忘れることは出来なかったが。
 その生活に一度区切りをつけなくてはならなくなったのは、その基盤とも言えるパスポートの問題だった。期限が切れるから戻って来いと連絡が来たのは、ちょうどひと月ほど前だ。
 新しいものはさすがに無償で寄越してくれはしないだろう。まあ面倒事の一つや二つ、引き受けてやってもいいかと思いながら、甚爾は数年ぶりに母国の土を踏むことにした。
 空港に着いた時、悟がそこにいることに甚爾は気付いていた。だからといってどうということもない。因縁めいたものがありこそはすれ、取り立てて騒ぐ理由もなかった。入国ゲートはひとつしかなく到着ロビーも同じだが、機内に預けた荷物もないし、知らぬ振りをして通り過ぎてしまうのが無難だろう。
 入国審査を抜けた辺りで、突き刺さるような視線を感じた。悟がこちらに気付いたのだ。殺したはずの人間が目の前に現れて、一体どんなツラをしているのか、と、ほんの少しだけ興味が湧いた。
 気の向くままに顔を上げれば、バゲッジの搬出レーン前に思惑通りの姿が見えた。
 黒いレンズの隙間から覗くその碧眼と目が合う――その瞬間。
 周囲が白い光に呑まれて、消失した。


***


 白い壁に白い床。窓も無ければ出入口すら見当たらない。一言で表するならば、まさに〝箱の中〟と言ったところだろう。六畳程の広さの空箱だ。
「なんだここ」
「……最悪だ」
 声を上げたのはほぼ同時だったが、ぐるりと見渡す甚爾の横で、悟は片手で頭を抱えていた。
 隣で項垂れる白髪を一瞥し、甚爾は小さく舌を打つ。原因は間違いなくコイツだ。白い光に呑まれたのは、周囲ではなく自分たちの方だったのだ。
「てめえ、なんか心当たりがあるな」
 断定的に詰められて、悟は小さく溜息をついた。こうなってしまった以上、誤魔化したところで時間の無駄だろう。それでも悟は少しだけ言い淀んで、時間を稼ぐようにサングラスを外した。目頭を揉みながら唇をとがらせ、不本意そうに口を開く。
「僕が回収した呪物だよ。まさか発動しちゃうなんて思ってなかったけど」
「出る方法は」
「それをこれから解析しようってとこだったの。持ち主はだいたい、衰弱するか発狂して死んじゃって?」
「へえ?」
「持ち歩いてると突然その場で倒れるんだってさ。病院での診断結果は栄養失調に脱水、心神耗弱、精神崩壊あたりかな。外で誰かを巻き込むこともあれば、自宅でひとりで、なんてこともある。辛うじて生き延びた被害者の話を要約すると、長い悪夢を見せられていたって事らしいんだけど」
「つまりここが、その夢の中ってか?」
「まあ、そういう事になるのかな」
 何度確認したところで、部屋の中には何も無い。実家の蔵の中の方がまだマシだったとすら甚爾は思う。食うにも寝るにも使えるものは探せばあった。食料に関しては、人の食うものとは言えない代物ばかりだったが。
「夢なら殴れば覚めんじゃねえか?」
「本当に夢ならね」
「安心しろ。殺しやしねえ」
「僕が怪我すると周りがうるさいよ。報告書にも書かなきゃいけなくなるし」
 この部屋には、本当に何も無かった。
「生身で甚爾の拳を受け止めて無傷でいるなんて、流石の僕にもできないからね」
 術式も、呪力さえも。


 綻びを探す努力はした。力業も試してはみた。しかし結果は散々で、白い壁には傷の一つも入らない。
 二人は変化の見えない壁に背をつけ、そのままずるりと腰を落とした。
「うーん、どうしたもんかな」
「救助も期待出来ねえだろうしな。まあ、来られても困るが」
「やっぱ甚爾もそう思う?」
「さっきの話の通りなら、外の時間は止まってんだろ」
 その場で突然、衰弱して倒れる。しかし被害者本人は〝長い〟悪夢と証したのだ。その報告に相違がないのなら、この箱の中と外で時間経過は異なっている。閉じ込められた本人にとっての長い悪夢は、外から見たら一瞬の出来事という事だ。
 実時間の経過がなかったとしても、何も無いところに長時間閉じ込められれば心神耗弱もするだろう。悟も甚爾も顔にこそ出さないが、精神的には疲弊し始めている。しかし肉体面での消耗については、いまいち実感がわかないところがあった。閉じ込められてからそれなりの時間は経っただろうに、飢えるどころか乾きもしていないのだ。
 これを〝悪夢〟と言うには、若干の違和感を拭えない。
「……なあ、これ」
 未完成なんじゃないか、と続けようとして、甚爾は口を噤んだ。部屋の構造が変わりはじめたのだ。
 最初に、ぽわんという可愛らしい効果音とともに床から白いベッドが生えた。次いで引き出しのついたサイドテーブルと小さな冷蔵庫が生え、向かい側の壁にはシンプルな扉が形成された。その扉の奥でも二度三度ぽわぽわと音がして、最後に吊るされたドアボードには「バス、トイレ」と分かりやすい文字とピクトグラムが浮かび上がる。
 この部屋の完成形態は恐らくこれだったのだろう。なぜ即座に形成されていなかったのかは、今現在の所有者である悟に聞かなくては分かるまい。
「どういう事だ、おい」
 呆気に取られながらも隣の様子を伺えば、悟も目を丸くしてぽかんとした表情を浮かべている。
「いや僕に聞かれても……。ああ、いや、そうか」
 悟は顎に手を当てて、続けた。
「発動した瞬間に封印をちょっと強めたから、時差ができたのかも?」
 話しながら時折ポケットに触れる仕草をするのは、そこに呪物をしまっていたからなのだろう。幾度も探っている様子を見ると、恐らくもう、そこにはないのだ。
 甚爾はひとつため息をついて、立ち上がる。
「調べ直しか。めんどくせえ」
「いやあ、調べ直さなくても良さそうだよ」
 呆れとも開き直りとも取れる声色で、悟が言った。
「解放条件、仲良くセックスしてください。だってさ」
「は?」
「書いてある。ここに」
 ここ、と悟が示したのは、先程まで二人が背をつけていた壁だった。促されるまま視線を向ければ、今しがた悟が口にした通りの文言が無機質な書体で記されている。
 絶句、とはまさにこのことかと思うほど、甚爾は二の句が告げなくなった。何が楽しくて命の遣り取りをした相手とセックスしなくてはならないのか。全く意味がわからない。
 甚爾の様子など気にもとめずに、悟はペラペラと口を回していく。――喋っていなければ落ち着かないのだ。
「この場合はアナルセックスだよね。甚爾やり方わかる? どっちがいい?」
 悟の直接的な物言いに小さくため息をついてから、甚爾は静かに答えた。
「やり方は知ってる……が、俺は勃たねえ。てめえが突っ込め」
「何、甚爾不能なの? その歳で?」
「うるせえな。てめえにゃ関係ねえだろ」
 興味が無いのか気を使ったのかはわからないが、矢継ぎ早に質問をしてきた割に、悟はそれ以上の追求はしてこなかった。
「準備してくる。適当に勃たせて待ってろ」
「僕もシャワーくらい浴びた方がいい?」
「んなもん好きにしろ。俺は気にしねえ」
 あっそ、と軽く答えて、悟は生えてきたベッドの縁に腰を下ろした。サイドテーブルも冷蔵庫も、手の届く範囲に置かれている。片っ端から開けて中を確かめはじめた悟を横目に、甚爾は静かにバスルームの扉を開いた。


 枕元にはボックスティッシュ。サイドテーブルにはコンドームが二箱と潤滑剤が数種類。冷蔵庫の中身は経口補水液と簡易栄養食で満たされていた。
 粗方探し終えても、物量の多さ以外は至って普通の消耗品ばかりだ。妙な小細工も小道具も見当たらず、この部屋の呪いの主は本当に「仲の良い」「普通のセックス」を求めているのだろうと悟は分析した。
(まあ、ケツ使う時点で普通では無い気もするけど)
 たとえ異性間であったとしても、肛門性交は特殊性癖のひとつだ。繁殖を伴わない、生き物の本質を失った行為だろう。だからこそロマンを感じるという人間も幾許か存在するのだろうが。
 実家で用意された女を抱かされた経験ならば、何度かある。精通を迎えた次期当主に手ほどきをしたいと言い募る女は多かった。その中で比較的まともな人を選んで挑んだのか、甘くも苦くも無い、無味無臭の初体験だ。避妊具の付け方も入れる場所も根絶丁寧に教えられて、逆に萎える寸前だった。
(甚爾の、ケツ、ねぇ……)
 まず自分が勃起出来るのかという疑問が上がる。勃たせるだけなら適当に、その昔親友と見たその手の動画を思い出せば行けないことも無いだろう。


「その辺のシーツでも被ってケツだけ出しときゃオナホと対して変わんねえだろ」
「あぁ~、たしかに」
 筋肉質なだけあって、甚爾の尻はきれいな曲線を描いている。股の間に余計なものが見えはするが、上半身を覆ってしまえばアナルオナホと大差はなさそうだ。
 悟は大きく頷いて、シーツに触れていた指に力を込めた。
――ビィィィィ
 


2023-09-18 16:45:37
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